人はそれぞれ違っているからこそ、個々を活かす豊かさがある

■こんにちは
pro.Flyaway代表のふじぬまさとしです。

 

人は一人一人が違う能力を持ち
異なる考え、好みに基づいて
それぞれ別の生き方をしています。

 

ゆえに自分以外の他者は
たとえ家族であっても
理解し難いことも多いものです。

 

そんな人との違いを
つまらないことと捉えるか
嫉妬の眼差しを向けるか

 

価値あることととして
羨望するか。

 

そんな”見方”によって
あなたの人生そのものが
大きく変わってきます。

 

人はそれぞれ違うことを認めていく

 

人が
それぞれ違うということは、
あなた自身も周りとは異なる
個性や能力を持っているということ。

 

ですが多くの場合、
個々の違いを
生かすことを考えるより前に、
互いを同じ基準で
図ろうとばかりしがちです。

 

人と人は違うものなのだから
お互いのいいように
合わせていくのは困難があるし
その過程では
何らかの苦しみが生じます。

 

そもそも自分らしい個性を
活かせていないと
幸福感や充足感を
感じづらくなってしまうこともあります。

 

典型例が
学校教育および
それに基づいた家庭での教育です。

 

学ぶことはすべて同じ。
みんな同じ基準で評価される。

 

⚫︎⚫︎のようになりなさい。
⚫︎⚫︎のようになってはダメよ。

 

そんな風に
自分以外のものになれと
言われ続ける。

 

これでは、
”違うことは素晴らしい”とは
思えなくなってしまいます。

 

その基準に合う人や
合わせられる人だけが
素晴らしい人となってしまうのです。

 

もちろん人が社会で生きる上で
身につける必要がある最低限の学力は
ある程度共通するものがあるので、
それらを同じように学ぶことは
大切です。

 

ただ、

 

それだって
学び方にも身につくペースなどにも
違いがあっていいはずなのですが、

 

やはり周りと同じでないと
”いけないこと”にされがちです。

 

これらが続くことで
周りと自分を比較して
一喜一憂する癖がついていきます。

 

人と比べて
自分は劣っている

 

…と落ち込み
否定的になることが多くなり、
劣等感を持つことが増えたり。

 

自分は優れている。
こんなこともできる。
あいつよりよっぽどできる。

 

『人より優れてないといけない』

 

優越感はそんな基準を作り出します。

 

このような
劣等感や優越感は
全く同じものです。

 

これらは外部と比較した
自分の外側から生まれるもの。

 

ゆえに
とても不安定です。

 

判断の基準を常に誰かや何かに
委ねている状態では

 

自分をきちんと理解し
信頼できている状態とは
言い難いのです。

 

これでは
本来の力も発揮できにくくなること
請けあいでしょう。

 

鬱々とした劣等感や
人を見下す優越感、
果てに嫉妬心などと
結びついてしまいます。

 

自分自身の個性や能力とは
他者のそれとは違うもの。

 

そして
どちらも価値がある。

 

まずそれを認めましょう。

 

互いを活かし合う生き方

 

人と違うということは
人が持たない考え方や好みや
知識や経験、能力などを
持っているということです。

 

人と比べて劣るとか
優れているとかではなく、

 

全く別。

 

一人一人が
大切な存在なのです。

 

持てる力を
他者を傷つけることに使ったり
人が持つ力を損なうような行為を
しなければ

 

…という注意書きがつきますが。

 

人が己の力を活かすためには、

 

自分自身のためでなく
自分以外の人のために
その力を使うことが大切です。

 

誰かができないことを
自分ができるなら
大いにその力を振るいましょう。

 

自分にできないことは
素直に人に頼るなり
教えを請うなりしてみましょう。

 

そうして
他者を活かすことが
自分を認めることに
つながったりもします。

 

あなたによって活かされた人は
次にはあなたを認め
信頼してくれるでしょう。

 

人は違うからこそ繋がれるのです。

 

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