■こんにちは
pro.Flyaway代表のふじぬまさとしです。
あの人は、
間違っている(誤りがある)。
…そう思うことは
誰にもあるものです。
それは、
その人が発する言葉や情報(知識)だったり、
考え方だったり、やっている行為だったり、
姿勢(心の)、生き方そのものかもしれません。
そして、同時に
自分の方が正しい。正解だ。
だから、
間違いを
直して(正して)あげなくちゃ。
…そう思うし
考えることもあるものです。
しかしそれは
一般常識や法律にのっとった
誰から見ても
明らかに『間違っている』ことも
あるでしょうが、
個人的な目線での
一方的な『間違い』という見方
…の可能性もあります。
人は、その生い立ちや立場や
考え方、意識の向け方などによって、
間違いもあれば、正しくもなります。
これは
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人それぞれに『正しさ』がある。
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…ということを現しています。
それゆえに、
人間関係のトラブルを
抱えてしまうことにもなる。
自分自身が
間違ってると思うことを
相手がしていたり、
自分が正しいと思うことを
間違いだと指摘されたりします。
それによって
イライラしたり、悲しくなったり、
感情が揺れ動いた結果
争いになってしまうのです。
これは、
互いの正しさを
「尊重できない」ことで起きてしまいます。
人それぞれが自分だけの正しさを持っている
周りからどんな風に見られても
その人にとっては間違っていない
正当なことってあります。
常識外れだったり
法律違反(グレーゾンも含む)になることでも、
その人にとっては
正しく必要な行為かもしれないのです。
常識も、
国や知識、世代が変われば
変わるものも多いですので
自分自身の正しさに疑問を持つことも
必要な時があります。
その正しさは人生に有益か。
能力に限界を作っていないか。
それがあることで
人間関係に溝を作っていないか。
それが人を許せない原因となってないか。
…問いかけてみてください。
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人はそれぞれの正しさ
(正義)を持って生きている。
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なので、
自身の正しさを振りかざさないことは大切です。
それぞれの正義があるのですから。
自分の「正しさ」にこだわってしまう理由
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みんな正しい。
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これを前提に生きると
人間関係はとても良いものとなります。
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自分(だけ)が正しい
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これがそもそもの争いの火種になっているから…です。
…ではどうして
人と争うこととなっても
人間関係にヒビを入れても
正しいや間違いにこだわるのでしょう。
正しさに
こだわるのには「理由」があります。
そうなるのは、
もともと自分自身の正しさに
自信が持てない場合。
人の正しさを否定し、
間違いを指摘する(正そうとする)のは、
相手を落として、
自己をあげる意味があります。
自分が
正しくないことが
認められないし、
間違いを許せないのです。
もっと言うなれば、
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自分自身に対して自信がない。
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それは…
自分の行いや考え、
人生に間違いがあると思っている。
…疑問を抱いているのです。
そう思うに至る
何らかの苦しみを抱えている。
ただ…それを認められない。
直視できない。
それゆえに
自己を守ろうとするのです。
しかし、
それでは
自分以外の正しさを
認めることができません。
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みんな正しい
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…を認めるためには
まず、
そんな
自分自身の
「間違い」を認めること。
…間違いが
あるのならですが、
辛く苦しいこと
悩みがあるのなら、
それを見ていくこと。
それらを改善する必要があるなら
改善の道をたどること。
そして、
こんな風に生きたい、なりたいという
自分なりの正しい行いをする。
努力をすること。
そうすると、
自然と「自分」に
自信が持てるようになります。
それがあれば、
他人の間違いを許せるようになり、
正しさを
振りかざす必要もなくなるものです。
正しさの先にある真実
それでも、
その人の正しさが
あなたにとって迷惑=間違いであれば、
それを伝えることも必要でしょう。
互いの正しさ=ルールを尊重することが
大切なのです。
また、
本人が
間違いだと自覚していても、
他人から『それは間違っている』
…と言われるのは、
不快感を伴いがちです。
よほどの
信頼関係でもないと、
相手の意思を無視して
間違いを指摘することは
オススメできません。
それでもやるからには、
反発は覚悟しましょう。
聞き入れられないことも
多いと心得ましょう。
相手が間違いを正そうと
自ら考え行動に移した時にしか
変化はないものと思いましょう。
本人の意思で間違いを正そうと
動いた時にはじめて
周りの声が聞こえるようになるし、
サポートすることも
可能となるのです。
最後に
自分の正しさを貫き、
同時に間違いを認め、
相手の正しさを
尊重するには度量が必要です。
私のお話も
見る人によっては間違いに
うつることもあるでしょう。
それはそれで
仕方がないことです。
私も間違うことはあるし、
全ての人に届く話が
必ずできるわけじゃない。
それが自然な反応でもあります。
ただ、
できるだけ、間違わないよう。
正しくあろうと努力することはできます。
多くの人に伝わるよう
役に立つように工夫することだって、
可能です。
私は自分が正しいと思い
こうありたいと思う道に
まっすぐに進んで行くだけです。




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